貯金、貯金ていつもいっているなんて貧乏くさい。
俺は好きな時に好きなだけお金を使えるようになるんだ。
そのために今は自己投資するんだ。
その末路は・・・。
なぜか貧乏くさく感じていた
お正月やお祭のお小遣いなど僕が小さいときにまとまったお金をいただける機会には必ず貯金がセットでありました。
小学校高学年になるにつれ、多少は使えましたが基本的には貯金していました。
貯金することに対し深く考えたこともなく、親に言われるがまま貯金をしていました。
よくあるパターンだと思うのですが、親が気をきかせて、良かれと思って貯金していくパターンです。
まったくお金に対して何も考えていなかったなぁと思います。
小さいときの友人は割りと好きなものをどんどん買ってもらえる家が多くて、
その点では家は本当に自由に好きなものが買えるような家ではなかったので、羨ましい思いをたくさんしました。
さらには歳がはなれた3兄弟の3番目です。お下がりだらけでした。
このお下がりというのが僕にはとても強烈なインパクトを与えていて、
それは何でかというととても悔しい思いをたくさんしたからなんです。
物を大事にするというのはとっても素晴らしい事なんですが、母親は本当に物持ちが良くて捨てられない人でした。
だから7つ歳が離れた長男が使っていたものでも綺麗に残っているんです。
仕方がないのですが僕はお下がりばかり。
7年前のものだとさすがに流行おくれなものも出てくるわけで、
その最たるものが自転車でした。
7年前は流行最先端であったであろう変速機能がついた自転車。
マウンテンバイクのようなフレームの真ん中に車のシフトレバーのような変速のレバーがついた自転車です。
さすがに僕の代では誰も乗っていなくて、学校でも僕一人。
恥ずかしくて嫌で嫌で、ハンドルを変えて、車体に色を塗って、カゴを外して、出来る限りのカスタマイズをしたのですが、
肝心の変速レバーはどうやっても取れない。
友達に馬鹿にされて嫌な思いをしたこともあり、僕の中では強烈な印象を残してくれた自転車です。
周りに兄弟がいる友達もいるのに、なんで僕ばかりこんなにお下がりばかりなんだろう。。。
そんな風に思った僕が辿り着いた結論は、家が貧乏だからだ、でした。
(決して裕福ではなかったのですが、貧乏でもありませんでした)
そしてその方程式は頭の中でどんどん進んで行き、
貧乏だから好きなものが買えないんだ、
好きなものを買うためには貯金するしかないんだ、
貯金しないと買えないってことは貯金する奴は貧乏なんだ。
かなり強引な思考ですが、知らず知らずに僕の頭に刷り込まれていて、
いつの日か貯金することは貧乏が原因だと思うようになってしまっていました。
自分で稼ぐようになって、勘違いを起こす
大学生になりアルバイトをするようになり、自分で稼ぐようになると自分で自由に使えるお金が増えます。
きちんと目標があれば貯めることもできたのでしょうが、ここでもちょっと貯まるとすぐに使ってしまうような状態で、
その理由は、今しか出来ない事をやるためにはお金は必要、お金を貯める事はいつでも出来るから、でした。
これが社会人になると自己投資は稼ぐために必要だからに変わります。
貯金したのは本当に最初だけ。その後はいつもあればあるだけ使い、無くても無理やり作って使い、
その都度、稼ぐから大丈夫、稼ぐためにこの自己投資は大事、という非常に安易な考えで使っていました。
こんなお金の使い方をしていたら、もちろんお金が貯まることは無く、
こんな考えで自己投資していても、自己投資している自分に満足するだけで実際の行動は伴わず、
末路は泥沼で、そして行き着くところはどん底でした。
貯金をすることは凄いことだと今は思います。
貯金によって一種の安心を生み出すことが出来るし、何より自制ができるから貯金できるんです。
貯金なんてせずに今の瞬間を大事にして、やりたい事をやったほうがいい、特に若いうちは、という意見も正しいと思います。
ただ一方で、もし貯金に対し僕のように勘違いした感覚を持っている人がいたら、それは改めた方がいい。
貯金が悪いのではなく、貯金自体はすごいことで、悪いのは甘い考えと、無謀な行動なんです。